なな利き2

B02 鏡合わせ。あるいはその反対

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陸が入退院を繰り返していた頃だ。少しだけ体調がいい日、家族四人で近くの公園に遊びに行った。お弁当と水筒を持ってレジャーシートまで用意した。
すぐ近くに行くだけなのに大仕事だ。それでも、陸にとっては久しぶりのお出かけ。家族といられるだけで楽しくて、どきどきと胸は高鳴った。
公園には他にも両親に連れられた子どもらが大勢いた。
その中に一卵性の女の子の双子がいた。二人は本当にそっくり。手を繋ぎ、目を合わせて笑い合う姿は鏡合わせのようだった。陸は思わず目を丸くして「すごい」と呟いていた。
これが本物の双子だ。咄嗟にそう思った。
自分たちは双子だけど、双子じゃないみたい。
同じ日、ほぼ同じ時刻に生まれた。本当なら兄と弟のような明確な差はできなかったはずだ。けれど、陸には持病があったから、天は兄に、陸は弟になった。
両親は少し離れたところでお弁当を食べる準備をしていた。双子の女の子は最初に天に話しかけ、その後、陸のところにやってきた。
「二人も双子なんだね」「でも、似てないんだね」
「そうだね。君たちはそっくりなんだね」
双子の言葉はシンクロしているようにリズムよく続いた。陸は思ったままを伝えると、二人は嬉しそうに目を合わせて笑った。
天はずっと心配そうにしていた。少しだけ話した後、天が「これからお昼ご飯なんだ」と二人にばいばいを言ってしまった。
陸はほっとしたような、寂しいような複雑な気持ちになった。けれど、家族四人でお弁当を食べていると、そんな気持ちも忘れた。米粒を零しながら食べる陸の横で、天はハンカチを膝に載せ、綺麗に箸を使っていた。

幼い頃のことを夢に見た。陸は洗面台の鏡の前に立っていた。天と陸は似ていない双子だ。鏡の中に兄の面影はない。
しゅっとした切れ長の瞼も、すっと通った鼻筋もない。綺麗に尖った顎も、仄かな頬の丸みも、瞬きの度に星が飛ぶような輝く瞳もない。鏡を見ながら、天にあって自分にないものを考えていた。
『何を馬鹿なことをしているんです?』
一織の声が脳内で響く。
『あなたにあってあの人にないものがいっぱいあるじゃないですか』
一織はそう言うけどさ。具体的に何?
脳内の一織はもちろん、現実の一織だって応えてはくれない。
『言わなくても分かるでしょう』なんて、冷たい表情をし、何故か頬を少しだけ赤くしてそっぽを向く。
『鏡でも見てみれば少しは分かるんじゃないですか』
分からないから訊いているのに!
脳内の一織と一通りの喧嘩をし、ふう、と一つ息を吐く。

一織は天より陸の方がいいらしい。言葉で、態度で、何度もそう示された。それが陸には嬉しい。嬉しくて堪らない。一織がいれば、どこまでも行ける。そう信じられる。例え、陸がまだ答を見付けられないままだとしても。

陸はそっと洗面台を離れる。
今日は久しぶりにTRIGGERと一緒の仕事だ。出番は被らない。
けれど、楽屋に挨拶には行ける。顔を見るくらいはできるだろう。

「七瀬さん、今日はよろしくお願いします」
「はい。お願いします。て…九条さん」
いつも通りのやり取り。挨拶だ。
楽や龍之介とも気安くなった今、一織はもう呆れた表情を隠さない。やれやれ、とでも言いたげな表情で、笑顔を崩さない天に「よろしくお願いします」と頭を下げる。
楽と龍之介とは普通に話をする。兄気質の龍之介は高校生の一織に弟を重ねているようで、あれこれと心配をぶつけている。一織は迷惑そうにも嬉しそうにも見える表情で笑っていた。
楽は気をつかってか天と陸の間に入って話を繋げてくれている。それでも、天の表情は動かない。張り付けたような笑顔の仮面は分厚い。
楽が焦れて「何の意地を張ってんだよ」と嘆息すると、天が足を踏んだらしい。「いってぇ」と声があがった。それがこれで終わりの合図になった。
一織が陸の手を引いて楽屋を出て行く。ドアが閉まる寸前に天に視線を向けた。ほんの少しだけ細められた瞳が何かを伝えている気がするのに、陸にはそれが分からない。

双子は以心伝心ができるなんて言ったのは誰なのだろう。そんなのは嘘だ。それとも、二卵性の双子には無理なのだろうか。
もしも一卵性だったら。
鏡写しのようにそっくりな双子だったなら、顔を見ただけで相手の言いたいことが分かるのだろうか。
「あなた、今、最高に馬鹿なことを考えているでしょう?」
「べ、別に。考えないよっ。なんだよ、馬鹿なことって!」
「…双子なのにどうして天にぃの気持ちが分からないんだろう。以心伝心ができたらいいのに。一卵性の双子ならよかったのかな…そんなところですかね?」
「なっ…。なんで…」
「本当にそんなことを考えていたんですか? どうしようもないですね」
一織は嘆息しながらも首を横に振って呆れたと示す。
そもそも、今は悩んでいる暇はない。他のメンバーは皆、到着がリハーサル開始ぎりぎりになる。二人で出演者の楽屋を全て回らなければいけないのだ。
「あの人の考えていることなんて、私には簡単に分かりますけどね…。あなたたちは遠回りが過ぎるんですよ」
「嘘だよ。俺に分からないことが、一織に分かるわけない」
「それならそれでいいですよ。今はお兄さんのことは忘れて。仕事に集中して」
「分かってるけどっ」
言われっぱなしでむかつくけれど、一織の言う通りなので口を噤んだ。次に挨拶に行く楽屋はー。
「…あなたたちが分かり合えないのは、似ていないからじゃなくて…」
「え」
「……いえ。いいです。急ぎましょう」
今、一織が何か大切なことを言おうとしていた気がする。うっかり聞き逃してしまった。こういう時、もう一回言って、と頼んでも一織は絶対に聞き入れない。
「そんな顔をしていないで。笑って。ほら。ノックしますよ」
いつの間にか次の楽屋の前に着いていたらしい。陸は深呼吸をするとにこりと笑う。一織が満足そうに頷いて、ノックの音が軽く響く。

TRIGGERの出番が終わり、番組はエンディングを迎えた。出演者全員が集まり、カメラに向かって手を振る。陸もメンバーとじゃれ合いながら笑顔でカメラに手を振る。スタッフから放送終了の声が掛かり、皆の力が一斉に抜ける。お疲れさまでした、と口々に飛び交う労いの声。ありがとうございました、と頭を下げ合う。TRIGGERは場の真ん中にいる。その中心に天がいる。天は近くにいる陸には絶対に視線をやらない。そんなのは当たり前で、傷付くようなことではない。
ふと一織に目をやると、環に抱きつかれてこちらを見ていなかった。何故か少しむっとした。
「陸君。大丈夫? 少し疲れた?」
すかさず声を掛けてくれた壮五の笑顔にほっとする。
「大丈夫です」と笑顔を見せると、本当に大丈夫な気がする。挨拶を済ませ、楽屋に戻るとどっと疲れがやってきた。後は寮に帰って眠るだけ。そう思うと気が抜けた。
帰りの車内。一織は最後部の席に座っていた。陸は前の席に座るから自然と距離ができる。
陸はなにも真剣に天のことで悩んでいるわけではない。昔の夢を見て、おかしなことを考えた。けれど、そんなものはただの感傷だと知っている。
何もしなくても通り過ぎてしまう。日々の中に埋もれる小さな傷。幾つも生まれるうちのたった一つ。いちいち立ち止まっていてはきりがない。ぐいっと身体を動かして後ろを見た。一織は壮五と今日の番組について話し合っているようだ。その隣で環が寝ている。
心配した三月が陸に声を掛けてくれた。
「何かあったのか?」
その瞳にあるのは兄らしい優しさだ。不意に熱いものが込み上げてきた。泣きそうになった自分に惑い、咄嗟に笑顔を作った。
「大丈夫」
応える声は一際明るく響いて三月を驚かせた。けれど、それ以上は何も聞かれない。「今日は早く寝ろよ」と頭を撫でられた。これは一織に睨まれるだろうな、と思ったら案の定だった。込み上げる笑いを飲み込んで夜の街に目を向けた。

寮に着くとまず陸が風呂に入った。その次が一織だ。
廊下で風呂に向かう一織とすれ違った。
「お先に」と声をかける。おやすみ、と言ってすれ違うつもりが、「七瀬さん」と呼び止められた。足を止め、何、と問う代わりに首を傾げる。一織は呆れたような顔で笑っている。
「あなたたち兄弟は似ていないのに似ている…。多分、背中合わせなんですよ。だから、当人たちには見えない。周囲からはよく見えるんですけどね」
「…え?」
「ですが、いつか、ひっくり返る日がきますよ。あまり歓迎できたものではないですけど…」
一織は言いたいことを言うと陸を置いて風呂に向かった。その背中をぼうっと眺めて「おやすみ」と小さく声を掛けた。
背中合わせ…?
陸は思い切り顔を歪めて考え込んだ。一織の言いたいことは良く分からない。確かに天と陸は鏡合わせのような一卵性の双子ではないけれどー。
似ているのかな…?
周囲から見れば似ているところがあるのだろうか。鏡を見ても何もかもが違う。同じものを見付けることもできないのに。
陸には分からない。
けれど、一織が言うならそうかもしれない。いつか、時間がかかっても、ひっくり返る時がくる。
それは世界がひっくり返る瞬間だ。
その時は、きっと神様にお礼を言いたくなるだろう。

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